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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)288号 判決 1997年10月28日

アメリカ合衆国

カリフォルニア州 バレンシア アベニューホール 26081

原告

スリーディー システムズ インコーポレイテッド

代表者

チャールズ ダブリュ ハル

訴訟代理人弁理士

柳田征史

佐久間剛

中熊眞由美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

小林均

後藤千恵子

松島四郎

吉野日出夫

東京都大田区蒲田5丁目15番8号

被告補助参加人

エヌ・ティ・ティ・データ・シーメット株式会社

代表者代表取締役

田中嘉信

訴訟代理人弁護士

羽柴隆

古城春実

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第12075号事件について平成7年6月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年8月8日に名称を「三次元の物体を作成する方法と装置」とする発明の特許出願(昭和60年特許願第173347号)をし、平成元年5月1日に同特許出願の一部を新たな特許出願(平成1年特許願第112737号。以下、この特許出願に係る発明を「本願発明」といい、その特許請求の範囲1に記載された発明を「本願第1発明」という。)とし、平成4年2月20日に特許出願公告(平成4年特許出願公告第9662号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成6年2月4日に拒絶査定がなされたので、同年7月18日、査定不服の審判を請求し、平成6年審判第12075号事件として審理された結果、平成7年6月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年8月9日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  本願第1発明の要旨(別紙図面A参照)

硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、

作成する三次元物体の断面を表すデータを創成し、

前記データに応答して発生される硬化用照射に指定された作業面上の前記流体媒質を曝して第1断面層を形成し、

前記流体媒質を容器内に一定量に保持し、かつ所定の液位を前記作業面に維持し、

前記第1断面層に、前記作業面に対して1mm以下の薄さをもつ次の流体層として形成された流体を自動的に積層し、

前記次の流体層を硬化用照射に曝して第2断面層に形成し、前記次の流体層を第2断面層に形成するため硬化用照射に前記次の流体層を曝している間に前記第2断面層を前記第1断面層に接着させることからなり、これにより複数の順次接着された断面層から三次元物体を形成する方法

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲1、2及び20に記載されたとおりのものと認められ、その1(本願第1発明)の記載は前項のとおりである。

(2)これに対し、「Review of Scientific Instrument. 52(11)、Nov.1981」1770頁~1773頁(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が記載されている。

<1> 「INTRODUCTION」の項に、「三次元を簡単に表す良い方法が開発されていないので、コンピュータのメモリーに記憶されていたり、心にイメージされている三次元の形状を表現するには、通常は、紙面やテレビのよらな二次元の表示に置き換えなければならない。」(1770頁左欄2行ないし6行)

<2> 「INTRODUCTION」の項に、「この論文は、液状の光硬化樹脂を用いて、短時間、低コストでかつ人手をあまりかけずに、強固な模型を作り出す新しい方法を提供するものである。」(1770頁左欄18行ないし21行)

<3> 「Ⅰ.PRINCIPLE」の項に、「液状の光硬化樹脂が紫外線(波長300~400nm)に曝されると、表面から硬化する。硬化した層の厚さは、紫外線強度と紫外線に曝す時間の関数である。したがって、紫外線に曝す領域、紫外線強度及び紫外線に曝す時間を調節することにより、所望の形状及び厚さの硬化した層が形成される。硬化された層が、次に硬化される層の厚さ分だけ液体中に沈められると、この上部表面は未硬化の液状樹脂で覆われる。この段階で液状の表面が再び紫外線に曝されると、所望の厚さの新たな硬化層が、前段階で硬化された層の上に積層される。これらの層は、強固に接着する。」(1770頁左欄30行ないし右欄10行)

<4> 「Ⅱ.EQUIPMENT」の項に、「cにおいては、液体表面は、走査ファイバー トランスミッターを通してUVに曝される。ファイバーは、商業的に生産されたXYプロッターに載せられている。走査のスピード、線の幅及び走査される領域は、機械によりコントロールされる。」(1770頁右欄33行ないし37行)

<5> 「Ⅳ.RESOLUTION AND DIMENSIONAL ACCURACY」の項に、「この方法で得られる垂直面は平坦とならず、(中略)のこぎり歯状となる。層の側面の傾斜は、紫外線が樹脂で散乱されてその強度が低下するために生じるのであろう。この実験によって、一層の厚みを0.5mm以下とした場合には、こののこぎり歯状のパターンが消滅することが見出された。」(1772頁左欄FIG.5の下16行ないし22行)

そうすると、引用例1には、液状の光硬化樹脂から三次元の物体をXYプロッターを用いて作成する方法において、コンピュータのメモリーに記憶されている三次元の形状に応答して発生される紫外線照射に指定された作業面上の前記光硬化樹脂を曝して第1断面層を形成し、前記第1断面層に、前記作業面に対して0.5mm以下の薄さをもつ次の光硬化樹脂層として形成された光硬化樹脂を自動的に積層し、前記次の光硬化樹脂層を紫外線照射に曝して第2断面層に形成し、前記次の光硬化樹脂層を第2断面層に形成するための紫外線照射に前記次の光硬化樹脂層を曝している間に前記第2断面層を前記第1断面層に接着させることからなり、これにより複数の順次接着された断面層から三次元物体を形成する方法が記載されていると認められる。

次に、米国特許第2、775、758号明細書(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が記載され、Fig.1に装置の図面が記載されている(別紙図面B参照)。

<6> 「図面に示されているように、光でグラフをつくりながら記録していく方法(the photo-glyph recording method)では、拡張する記録領域1、光源4、感光性物質供給器2を用いる。記録領域はシリンダ3、その内部で作動するピストン5からなる。記録開始時に、ピストン5は記録用テーブルフレーム10の近傍で水平レベルDの高さに調節され、そして記録中には、ピストン5はモータ7で制御されるスピードでピストンラック6によってテーブルフレーム10から遠ざけられる。」(2欄16行ないし24行)

<7> 「タンク2は、パイプラインとバルブ8によって、記録領域1の頂部に接続されている。それ自体で現像され、定着され、そして硬化する透明な感光性エマルジョン(この詳細は後で説明する。)が常時記録領域1の水平レベルDの高さまで満たしている。」(2欄28行ないし32行)

<8> 「ピストン5が水平レベルDから遠ざけられコンテナ1が拡張されると、タンク2から、液面を絶えず水平レベルDに保つに十分な感光性エマルジョンが供給される。」(2欄41行ないし44行)

そうすると、引用例2には、硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、流体媒質の所定の液位を、作業面に相当する水平レベルDを維持する手法が記載されていると認められる。

(3)対比

本願第1発明と引用例1記載の技術とを対比すると、引用例1記載の「液状の光硬化樹脂、コンピュータのメモリーに記憶されている三次元の形状、XYプロッターを用いて、紫外線照射」は、本願第1発明における「硬化し得る流体媒質、作成する三次元物体の断面を表すデータ、自動的に、硬化用照射」にそれぞれ相当することが明らかであるので、両者は、

「硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、作成する三次元物体の断面を表すデータを創成し、前記データに応答して発生される硬化用照射に指定された作業面上の前記流体媒質を曝して第1断面層を形成し、前記作業面に対して1mm以下の薄さをもつ次の流体層として形成された流体を自動的に積層し、前記次の流体層を硬化用照射に曝して第2断面層に形成し、前記次の流体層を第2断面層に形成するため硬化用照射に前記次の流体層を曝している間に前記第2断面層を前記第1断面層に接着させることからなり、これにより複数の順次接着された断面層から三次元物体を形成する方法」

である点で一致し、次の2点において相違する。

<1> 本願第1発明が所定の液位を作業面に維持するのに対し、引用例1にはこのような手法を用いることが明記されていない点

<2> 本願第1発明が流体媒質を容器内に一定量に保持するのに対し、引用例1にはこのような手法を用いることが明記されていない点

(4)判断

相違点<1>について

引用例2には、引用例1と同様の硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、流体媒質を硬化させる作業性、正確性等を考慮して、流体媒質の所定の液位を流体媒質の硬化が行われる作業面に維持する手法が記載されている。したがって、同様の目的で、引用例2記載の流体媒質の所定の液位を流体媒質の硬化が行われる作業面に維持する手法を、同様の技術分野に属する引用例1記載の技術に適用することは格別の創意を要することではない。また、上記の構成を採ることにより格別の効果が生じるものとも認められない。

相違点<2>について

引用例1記載の技術においても、液状の光硬化樹脂を硬化させて三次元の物体が形成され、液状の光硬化樹脂の量は次第に減少していくことから、これが不足するような場合には、何らかの手法で液状の光硬化樹脂を補給する必要があることは明らかである。本願第1発明においては、流体媒質を容器内に一定量に保持するという特定の補給手法を採っているが、上記の構成を採ることによる効果について検討しても、本願明細書(特許出願公告公報(以下、「本願公報」という。)17欄41行ないし18欄19行)には、所定の液位を作業面に維持するための手段、これによる作用効果等については記載されているものの、流体媒質を容器内に一定量に保持することに関する記載は一切なされていない。したがって、上記構成を採ることにより格別の効果が生じるものとも認められない。

(5)以上のとおりであるから、本願第1発明は、その特許出願前に日本国内又は外国において頒布された引用例1及び引用例2記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

各引用例に審決認定の技術事項が記載されていること、及び、本願第1発明と引用例1記載の技術とが審決認定の一致点と相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、相違点<1>の判断を誤り、かつ、本願第1発明が奏する作用効果の顕著性を看過した結果、本願第1発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点<1>の判断の誤り

審決は、引用例2には「硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、流体媒質の所定の液位を、作業面に相当する水平レベルDに維持する手法」が記載されていると認定している。

しかしながら、引用例2記載の「流体媒質の所定の液位を、作業面に相当する水平レベルDに維持する手法」とは、タンク1内に流体媒質を収容し、流体媒質を硬化用照射に曝して三次元物体を形成する方法において、三次元物体の形成過程で、タンク1の底部を構成するピストン5を順次に下げて行き、ピストン5を下げた分だけ流体媒質をタンク1内に供給することによって、流体媒質の液位を常に作業面に維持するものである(なお、別の実施例として、タンク1の底部を固定し、三次元物体の形成過程で、硬化用照射の収束位置を順次に上げて行くものが示されている。)。すなわち、引用例2に開示されている手法は、流体媒質を収容する容器の底部を順次に下げることから必然的に行わざるを得ないものであり、その技術内容も、流体媒質を収容する容器の底部を一層分下げ、流体媒質を一層分追加するという単純なものにすぎない。

これに対し、本願第1発明は、「流体媒質を容器内に一定量に保持」すれば流体媒質の液位は特別の調整をしなくとも実用上十分に作業面に維持されるという従来の考え方について、流体媒質の硬化・収縮量は三次元物体の各層の形状によって異なり、また、形成された断面層を昇降する部材の断面積が上下方向によって必ずしも一様でないことによって、流体媒質の液位は微細かつ複雑に変化し、形成される各層の厚みにばらつきを生ずるので、従来の方法では高精度の三次元物体を形成できないことを見出だし、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成に、「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加することによって完成したものである。したがって、本願第1発明が要旨とする「所定の液位を前記作業面に維持」する手法は、微細かつ複雑な液位変化を修正しうる高精度のものであるから、この高精度の手法と、前記のように流体媒質を収容する容器の底部を一層分下げ、流体媒質を一層分追加するという引用例2記載の単純な液位維持の手法とが技術的に同等のものであることを前提とする審決の相違点の判断は誤りである。

そして、このことは、引用例1の論文の著者が、本出願の基礎となった米国特許出願明細書における「昇降台がさらに液体内に移動するにつれて液体の容量変化と相殺して液位を作業台23の位置に一定に保つ」の箇所について、「これは新しいアイデアである」旨コメントし(甲第7号証の書込み部分)、かつ、液位維持の手法のみを特徴とするクレーム22について、「私の実験はこの構成を必要としなかった」旨コメントしていること(甲第8号証の書込み部分)によっても裏付けられる。すなわち、本出願当時、流体媒質の硬化収縮等に関する技術水準は低く、「所定の液位を前記作業面に維持」する高精度の手法が必要であることは未だ認識されていなかったのであって、現に、光学的造形法における液位維持の方法に関する発明が、本願発明の特許出願公告後に出願公告(平成5年特許出願公告第62579号)されているのである。

この点について、被告及び被告補助参加人は、引用例1記載の技術においても流体媒体を順次に硬化させていくためには流体媒体の液位を一定の作業面に維持する必要があることは当然であるという趣旨の主張をしている。この主張は一般論としては正しいが、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成では足りず、「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加する必要があることは引用例1及び引用例2のいずれにも示唆すらされていない以上、被告らの上記主張は本願発明の進歩性を否定する論拠にはなりえない。

また、被告及び被告補助参加人は、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する手法は本出願前に公知であったと主張する。しかしながら、本願第1発明は流体媒質の液位を一定の作業面に維持する具体的手法を要旨とするものではなく、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する構成と「所定の液位を前記作業面に維持」する構成とを組み合わせたことを特徴とするものであるから、被告らの上記主張も当たらない。

以上のとおり、審決の相違点<1>の判断は、本願第1発明の技術内容と、引用例2記載の技術内容との差異を看過してなされたものであって誤りであり、引用例2記載の手法を引用例1記載の技術に通用しても、相違点<1>に係る本願第1発明の構成を得ることができないことは明らかである。

(2)作用効果の看過

審決は、相違点の判断において、「流体媒質の所定の液位を流体媒質の硬化が行われる作業面に維持」する構成を採ることにより格別の効果が生じるものとも認められず、かつ、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する構成を採ることにより格別の効果が生じるものとも認められないと説示している。

しかしながら、本願第1発明は、前記のように、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成に「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加することによって、形成される各層の厚みを均一化して高精度の三次元物体を形成するという作用効果を奏するものであるが、これは従来技術によってはとうてい得られない顕著な作用効果であるから、審決の前記説示が誤りであることは明らかである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点<1>の判断について

原告は、審決の相違点<1>の判断は本願第1発明の技術内容と、引用例2記載の技術内容との差異を看過してなされたものであって誤りであると主張する。

しかしながら、引用例2には、「ピストン5が水平レベルDから離れるように動き、容器1が拡大している間に、タンク2からは、液面を絶えず水平レベルDに保つに十分な量の感光性エマルジョン(photo-emulsion)が供給される。……光源4からの光線は、エマルジョンを露光するために、エマルジョンの最上層に照射され、エマルジョンは現像され、定着され、そして硬化ずる。このようにして、2次元フィルム画像に類似した画像が得られる。その後、ピストンは、水平レベルDから下方の新たな水平レベルまで、所定の距離だけ移動する。新しい感光性化学材料(photo-chemical material)が、最初の画像の上に、タンク2から8を通して、記録レベルDにおいて供給される。光源4により新たに露光が行われ、現像、定着、硬化が繰り返される。これらのステップの繰返しにより、記録された光現象に対応して、露光された透明な薄膜層が、連続して積み上げられる。」(2欄41行ないし58行)と記載され(別紙図面B参照)、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する手法が開示されている。そして、引用例1記載の技術において、硬化用照射が収束する位置において流体媒質を順次に硬化させていくためには、流体媒体の液位を一定の作業面に維持する必要があることは当然であるところ、引用例1記載の技術と引用例2記載の発明とは、硬化用照射により流体媒質から薄膜層を形成し、この薄膜層を次々に積み上げていくことによって三次元物体を形成する技術である点において同一の技術分野に属するから、引用例2記載の流体媒質の液位を一定の作業面に維持する手法を引用例1記載の技術に適用することは格別の創意を要することではないとした審決の判断に誤りはない。

なお、流体媒体の液位を一定の作業面に維持する具体的手法は、本願公報の18欄8行ないし14行に周知技術として記載され、また、昭和49年特許出願公開第89090号公報(昭和49年8月26日公開。乙第1号証)、昭和49年特許出願公開第92491号公報(昭和49年9月3日公開。乙第2号証)、昭和49年特許出願公開第92492号公報(昭和49年9月3日公開。乙第3号証)あるいは昭和57年特許出願公開第140675号公報(昭和57年8月31日公開。乙第4号証)に開示されているように、<1>沈下物、平衡部材等を流体媒質に出し入れする方法、<2>流体媒質を常時供給してオーバーフローさせる方法、<3>液面を測定して流体媒質の供給量をフィードバック制御する方法等があり、<2>及び<3>の方法には流体媒質を常時供給しなければならないデメリットがあることは、本出願前に公知の事項である。したがって、流体媒質の液位を一定の作業面に維持するために、上記各手法のメリット、デメリットを考慮して適宜の手法を採用することは、当業者ならば容易になし得たことにすぎない。

2  本願第1発明の作用効果について

原告は、本願第1発明は「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成に「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加することによって、形成される各層の厚みを均一化して高精度の三次元物体を形成できるという顕著な作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、流体媒質の液位を一定の作業面に維持することによって形成される各層の厚みを均一化するという作用効果は、引用例2の「2次元フィルム画像に類似した画像が得られる。その後、ピストンは、水平レベルDから下方の新たな水平レベルまで、所定の距離だけ移動する。新しい感光性化学材料(中略)が、最初の画像の上に、タンク2から8を通して、記録レベルDにおいて供給される。」(2欄49行ないし54行)という記載から明らかなように、引用例2記載の発明において既に得られている作用効果と考えられるから、本願第1発明に特有のものではない。

第4  被告補助参加人の主張

引用例1には、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する具体的手法は記載されていないが、これは、引用例1記載の技術においては流体媒質の液位を一定の作業面に維持することが行われていないことを意味しない。硬化用照射が収束する位置において流体媒質を順次に硬化させていくためには、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する必要があることは当然である。そして、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する具体的手法は種々の方法が本出願前に周知であって、引用例1記載の技術においても当業者ならば容易に適宜の手法を採用しえたことは、被告が主張するとおりである。

なお、原告は、甲第7号証の文書を援用するが、同文書の書込み部分は、引用例1記載の実験においては流体媒質の液位を一定の作業面に維持する特別の手段を講じていないとの趣旨を述べているにすぎないから、これをもって、本願発明が進歩性を有することの裏付けとすることはできない。

また、原告が本願第1発明が奏する作用効果として主張する点は自明のことであって、格別の作用効果ではない。

第5  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、各引用例に審決認定の技術事項が記載されていること、本願第1発明と引用例1記載の技術とが審決認定の一致点と相違点歪有することは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第3号証(本願公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、流体媒質から三次元物体を形成する方法と装置の改良、特に、三次元物体が迅速、確実、正確かっ経済的に形成できるようにリトグラフィー(Lithography)を応用する立体造形に関するものである(6欄6行ないし10行)。

プラスチックからなる部品を製造する場合、設計の後、部品の原型を作るのが普通であるが、これらはいずれもかなりの時間、労力及び費用を要するうえ、設計が最適になるまでこの過程を何回も繰り返すことが多い。また、その製造は射出成形で行われることが多いから、大量生産の場合しか実用的でないのが普通である。プラスチック部品を直接的な機械加工、真空成形あるいは直接成形のような方法で製造することもできるが、これらの方法は、短期間の生産の場合にのみコスト効果があるのが普通であり、製造された部品も射出成形より品質が劣る(6欄12行ないし28行)。

最近、流体媒質の中で三次元物体を作成する非常によい方法が開発された。すなわち、流体媒質の三次元の容積内の所定の交点で、選択的に焦点を結ばせる放射ビームにより、流体媒質が選択的に硬化されるものであって、このような装置の典型が米国特許第2、775、785号(「米国特許第2、775、758号」、すなわち引用例2の誤記と考えられる。)等に記載されている(6欄29行ないし7欄2行)。

これらの装置は、いずれも大掛かりな多重ビーム方式を用いて、流体容積内の深い所にある選ばれた点において相乗的なエネルギーを付与することに頼っている。したがって、従来の方式は、特定の座標で交差するような向きの一対の電磁放射ビームを使い、ビームの交点だけが硬化工程を達成するに十分なエネルギーを受けるように構成される(7欄2行ないし15行)。

しかし、このような三次元成形装置は、分解能及び露出制御の点で多くの問題がある。すなわち、一対のビームの交点が流体媒質中に深く移動すると、放射強度が低下し、収束されたスポットの像を形成する分解能が低下するので、複雑な制御が必要となり、経済的にかつ信頼性をもって流体媒質中の深い所で加工することが困難となる。そのため、極めて薄い層の形成が困難であるとともに、自動的な積層も困難であった(7欄17行ないし27行)。

本願発明の目的は、従来の三次元製造装置の複雑な焦点合わせ、整合及び露出の問題を避けながら、設計から原型作成、製造へ敏速に移行できる信頼性がある経済的な方法、とくに、計算機による設計から事実上即座に原型作成に移行し、自動的に大量生産する方法を創作することである(7欄37行ないし41行、30行ないし33行)。

(2)構成

上記の技術的課題を解決するために、本願第1発明は、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし19行)。

すなわち、適当な相乗的なエネルギーに応答してその物理的な状態を変えることができる流体媒質の表面に、この物体の相次ぐ隣接した断面積層板を形成し、相次ぐ積層板は、それらが形成されたとき自動的に強固に一体化され、所望の三次元物体が形成されるのである(8欄1行ないし7行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、設計図面を作る必要がなく、加工図面及び工具を作る必要もない。設計者は、計算機の出力スクリーンに表示された設計に満足したとき、部品の製造を直ちに始めることができるので、生産の誤定時間が極めて短くて済む(21欄8行ないし33行)。また、設計の変更及び注文製の部品が容易に得られるし、部品を作るのが容易であるため、金属等の材料が使われている多くの場所で、プラスチックの部品を使うことができ、高価な材料の部品を製造する前に、プラスチックのモデルを敏速かつ経済的に作ることもできる(21欄33行ないし22欄6行)。

2  相違点<1>の判断について

原告は、審決の相違点<1>の判断は本願第1発明の技術内容と、引用例2記載の各技術内容との差異を看過してなされたものであって誤りであると主張する。

原告の上記主張は、本願第1発明は「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成では高精度の三次元物体を形成できないことを見出だし、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成に「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加して完成したものであるから、本願第1発明が要旨とする「所定の液位を前記作業面に維持」する手法は微細かつ複雑な液位変化を修正し得る高精度のものであることを論拠とするものである。

しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲には、前記のとおり、「流体媒質を容器内に一定量に保持し、かつ所定の液位を前記作業面に維持し」と記載されているのみであって、その「所定の液位を前記作業面に維持」する手法の具体的内容は何ら記載されていない。したがって、本願第1発明が要旨とする「所定の液位を前記作業面に維持」する手法は、「流体媒質を容器内に一定量に保持」するという条件のもとにおいて流体媒質を一定の作業面に維持し得る手法であればいかなるものでもよいと解するほかないから、それが技術的に特定の内容のものに限定されることを前提とする原告の上記主張は、採用することができない。

そして、引用例2に、

a  「図面に示されているように、光でグラフをつくりながら記録していく方法(中略)では、拡張する記録領域1、光源4、感光性物質供給器2を用いる。記録領域はシリンダ3、その内部で作動するピストン5からなる。記録開始時に、ピストン5は記録用テーブルフレーム10の近傍で水平レベルDの高さに調節され、そして記録中には、ピストン5はモータ7で制御されるスピードでピストンラック6によってテーブルフレーム10から遠ざけられる。」(2欄16行ないし24行)

b  「タンク2は、パイプラインとバルブ8によって、記録領域1の頂部に接続されている。それ自体で現像され、定着され、そして硬化する透明な感光性エマルジョン(中略)が常時記録領域1の水平レベルDの高さまで満たしている。」(2欄28行ないし32行)

c  「ピストン5が水平レベルDから遠ざけられコンテナ1が拡張されると、タンク2から、液面を絶えず水平レベルDに保つに十分な感光性エマルジョンが供給される。」(2欄41行ないし44行)と記載されていることは、前記のとおり当事者間に争いがない。さらに、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例2には

d  「二次元フィルム画像に類似した画像が得られる。その後ピストンは所定の距離だけDから離れて下方の新しい水平レベルまで移動する。新しい写真化学材料が、第一の画像の上に2から8を通して記録レベルDにおいて投入される。」(2欄49行ないし54行)

と記載されていることも認められる(別紙図面B参照)。

これらの記載を総合すれば、引用例2には硬化し得る流体媒質から三次元の物体を自動的に作成する方法において、流体媒質を硬化させる作業性、正確性等を考慮して、流体媒質の所定の液位を流体媒質の硬化が行われる作業面に維持する手法が記載されているとした審決の認定は、正当として是認し得るものである。そうすると、引用例1記載の技術と引用例2記載の発明とが「同様の技術分野に属する」ことは明らかであるから、引用例1記載の技術に、引用例2記載の流体媒質の液位を一定の作業面に維持する手法を適用して、相違点<1>に係る本願第1発明の構成を得ることは格別の創意を要することではないとした審決の相違点<1>の判断には何らの誤りもない。

なお、原告主張のように、引用例1の論文の著者が、相違点<1>に係る本願発明の構成について、「これは新しいアイデアである」、あるいは、「私の実験はこの構成を必要としなかった」旨コメントしているとしても、そのことが直ちに、引用例1記載の技術的事項に引用例2記載の液位維持の手法を組み合わせることが当業者にとって容易であったことを否定する理由になり得ないことは当然である。また、成立に争いのない甲第9号証によれば、平成5年特許出願公告第62579号公報記載の発明は、光学的造形法における液位維持の具体的方法を要旨とするものであることが認められるから、これが本願発明の特許出願公告後に出願公告されたことも、当裁判所の上記判断に影響を及ぼすものではない。

もっとも、上記の引用例2記載の発明の方法は、流体媒質を収容する記録領域1の底部をなすピストン5が三次元物体の形成に伴って順次に引き下げられ、それに応じて流体媒質を順次に供給するものであるから、「流体媒質を容器内に一定量に保持」していないことが明らかである。しかしながら、引用例2記載の発明における液位維持の手法の技術的意義は、光照射時の液位を作業面に維持することにあり、ピストンが所定分降下することとは技術的に直接関連するものではなく、しかも、引用例2記載の発明においてピストンの段階的降下が必要とされるのは、現像・定着・硬化処理を要する感光性の流体物質を用いることによるものであるから、現像等の処理を必要とせず光照射のみで硬化する流体媒質を用いる場合にそのような技術手段を必要としないことは、当業者にとって自明の技術的事項に属する。そして、三次元物体の形成に伴って減少する流体媒質の不足を何らかの方法で補うことは当然のことであって、本願第1発明が要旨とする「流体媒質を容器内に一定量に保持」する構成によっても格別の作用効果が奏されるものではないとする審決の判断は原告も争わないところであるから、引用例2記載の発明が「流体媒質を容器内に一定量に保持」する構成を欠いていることは、その流体媒質の液位を一定の作業面に維持する手法を引用例1記載の技術に適用して相違点<1>に係る本願第1発明の構成とすることの妨げとはならないというべきである。

3  本願第1発明の作用効果について

原告は、本願第1発明は「流体媒質を容器内に一定量に保持」する従来の構成に「所定の液位を前記作業面に維持」する構成を付加することによって、形成される各層の厚みを均一化して高精度の三次元物体を形成できるという顕著な作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、「流体媒質を容器内に一定量に保持」する構成が格別の作用効果を奏するものではなく、かつ、流体媒質の液位を一定の作業面に維持する構成が既に引用例2に記載されていることは前記のとおりであるから、原告が本願第1発明が奏する作用効果として主張する上記の事項が、引用例1記載の技術に引用例2記載の前記液位維持の手法を適用することにより奏されることは当業者において容易に予測できた事項であって、本願第1発明に特有の顕著な作用効果ということはできない。

したがって、審決は本願第1発明が奏する作用効果を看過しているとする原告の主張も、理由がない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)の負担及び上告のための期間附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条、158条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

第1図及び第2図はこの発明の立体造形方法を実施するのに用いられる基本的な考えを示すフローチヤート、第3図はこの発明を実施する装置の現在好ましいと考えられる実施例の断面図と組合せたプロツク図.

<省略>

別紙図面B

<省略>

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